ギャンブルをしない一週間での変化
こんにちは!
れもんです。
はじめてGAに参加してから一週間が経過しました。
毎日毎日ホールに通っていた私ですが、この一週間はパチスロに行ってません。
最後にホールに行った直後、今月の給料は3万程残っていましたので一”行けなかった“ではなく“行かなかった”と表現させて下さい。
ちなみに今週も前のミーティングに行こうか朝迷っていて、カバンの中に交通系電子マネーを忍ばせて出勤したのですが(電車を使うので)結局は家に直帰しました。
パチスロをしない一週間での変化
何度も言いますが私は週7日でホールに通い続けていた人間です。
パチスロの夢を見なくなった
実は毎晩のようにスロットの夢を見ていました。つい先日までは…
仕事帰りにホールで負け家に帰るのが深夜→パチスロ動画を見て知らぬ間に寝る→朝ギリギリに起きて仕事に行く
の繰り返しで、休日は朝から晩までなのですからそりゃ夢にも出てきますよね。
そんな生活を繰り返していて体や精神が疲れているはずなのにひとたびパチスロを打てる時間がくると疲れが吹っ飛ぶ。これ一種の薬物じゃないですか。
家が綺麗になった
生活にゆとりがあると適度に掃除をしますので部屋が片付いて失せ物も出てきました。
自炊するようになった
病的ギャンブラーはパチスロで散々負けた後でも1000円程払って外食します。何万と簡単に負けるので1000円追加で消費するなど同じことという感覚です。
外食していた時はラーメンや王将など濃い物を好んで食べていましたが、自炊しだすと舌が変わり野菜メインの食事で満足しています。
煙草の臭いがとれた
新しく始めた事
思い立ったら行動しないと何も変わらないと心底思ったのでしっかり実行しました。
GAミーティングに初参加した
スポーツジムの会員になった
有料ブログを始めた
婚活を始めた
ここ何年もちっとも興味が無かったのですが結果はどうあれトライしてみようかと。現在無料アプリで何人かとやりとりしてますが出会いを探す姿勢に価値ありです。
依存症になる過程をあらわしたアニメ
こんにちは!
れもんです。
ネット上で出会った1本の短編アニメーションをご紹介したいと思います。
まずは御覧下さい。
Nugget (短編アニメ)
知らなければ…
いかがでしょうか?
知らない頃は関心を持たず通り過ぎてしまうのですが、興味本位で味見をしてしまったその1回により、みるみるうちに堕ちていく“依存症”の恐ろしさがわかりやすく表現されています。
ギャンブル依存症の私は自分と重ねて見てしまいました。
人生が真っ暗になり身体が衰えるにつれ黄金のナゲットの輝きが増しています。
薬物やギャンブルなどといった中毒性が高いものは、1度手をつけてしまうと歯止めが効かなくなり自分の体や人生を台無しにしてしまう非常に恐ろしいものです。
薬物に関しては学生時代に違法なもの、手を出してはいけないものだと教育されますし滅多に手を染める機会はあまりないと思うのですが、ギャンブルに関しては娯楽だと擦り込まれ、怖いモノだという教育がされません。
過去に戻れるなら…
私は最初に手を出したあの日の朝に戻って私自身にギャンブルの恐ろしさを甘く見てはいけないと教えたいです。
私のギャンブル生活のこれまで
簡単に自己紹介
はじめまして。
このブログに辿り着いて下さりありがとうございます。
レモンといいます。
30代OL
パチンコスロット歴5年。
自他共に認めるギャンブル依存症です。
ギャンブルから足を洗いたい
ギャンブル依存症に苦しむ全ての方と交流をはかりたいと思いブログを開設しました。
昔から面倒臭がりでしたいことしかしない、努力が苦手なくせに仕事でもプライベートでも他人に負けることが嫌い。
現実と理想のギャップは大人になるにつれ大きくなっていく一方。
今日は、そんな私が1円パチンコを覚えてから今日に至るまでのしくじりを書かせていただきます。
20代は普通のOLだった
20代後半で人生初の1人暮らしをはじめます。
5万円程の家賃にローンの終わった車を所有。
趣味は飲み会。
毎週友達と何軒かハシゴ飲みしたり時には旅行に行ったり。
気ままな独身ライフを過ごしていました。
貯蓄は120万程。
歳の割には貯蓄が少なくて彼氏にも友達にも貯金額を言えませんでした。
今思えばこの頃は普通の金銭感覚だったんですよね。
人生はじめてパチンコを知ってしまう
私の親はパチンコが大嫌いでした。
「過去に何か辛い思いでもしたの?」
と思う程毛嫌いしていて、
テレビでそれに触れる報道があれば、パチンコをする人間を頭ごなしに軽蔑する発言をしていました。
ですので私もパチンコをはじめるまでは、親と同じく、パチンコはバカのする遊びだと思っていたわけです。
ただ、大人になってから
「パチンコって一体何なの?何で皆入っていくの?そんなに面白いものなの?」
という好奇心を持っていまして、そんな時によく遊んでいた男友達がよくパチンコの話をしていたのを思い出し、一緒に飲んでいた帰りに「1回だけ連れて行って」と懇願し何も考えずにデビューする流れとなってしまいました。
はじめて打った1円パチンコ。
忘れもしない海物語沖縄3
あれよあれよという間に球が増え、換金すると2000円プラスになりました。
今だったら「たった2000円」と思うのですが、金銭感覚が正常だったあの頃は
ゲームで遊んだだけで2000円貰えたことが夢のように思えました。
それもそのはず。今まで労働以外でお金を得る機会は殆ど無く、ましてや使ったお金が帰ってくる遊びなどありませんでしたから。
1円パチンコに夢中になる
最初は友達に連れて行って貰っていましたが次第に1人で出入りするようになります。
車を持っていましたので結構遠くのホールに行き人目を気にしながらマスク姿でひたすら1円の甘を打っていました。
退屈な時間が苦手だった私はパチンコにはまることで何か有意義な趣味でも得たかのように満足した気持ちになっていました。
1年程1パチを打ち、収支は何故かプラスでした。
この頃は自分が依存症になるはずがないと思っていました。ネットの噂でよく耳にする〝ベンツが買える程負けた〟や、借金までして打つなんていうのは都市伝説だと思っていたのです。
それは、1円パチンコから始めた事により錯覚でした。
そして次第に4円甘→4円ライト→4円ミドルへと転向。
マックスを触りだした頃には生涯収支が70万のマイナスに転じていました。
ただ、この頃はまだ貯蓄があったのです。
1日7万円負けてもATMに行くとお金があるわけでしてただただ貯蓄を切り崩している状態です。
スロットを覚える
2年後興味本位で初めてスロットを覚えました。
ジャグラーを生まれてはじめて打つと、パチンコとはまるで違う魅力に憑りつかれてしまいました。
・パチンコと違って煽りがない
・簡単にペかるのに一気に6千円分も出る
・パチンコと違い設定があるから立ち回りで勝てる
今ならこの思い込みは罠であるとわかります。
私の場合、スロットにハマったおかげでパチンコの中毒から抜け出せました。
より強い薬を知ると弱いものでは反応しなくなるという感じでしょうか…
今もパチンコには魅力を感じません。
ジャグラー、GOD、沖ドキ…
狂ったように打ちました。
荒い機種を打っていた理由は、ネットで調べたところ〝目押しが要らない機種〟として挙げられていたからです。
怖い機種だとわからず打っていました。
仕事帰りでもデート帰りでも、勿論休日は朝から晩まで打ちました。
体の不調も悩み事も、ギャンブルの前では感じなくなりました。
この頃には〝負けると分かっているのに止まらない〟〝投資がかさんでも、とにかく当たって報われたい〟破滅的な思考になっているのが自分で分かります。
そして打つお金が無くなるとこの世のものとは思えない負の感情が私を支配しました。
“借金をしようか”
“何か物を売ってでもとにかく現金が欲しい”
生活するお金が無いのに、得たお金は少額でも紙切れのようにサンドに吸い込ませました。
もともとはお金に執着心など無かった私ですが、ギャンブルにはまると現金が喉から手が出るほど欲しくなります。必死に働いて得たお金の価値が全てギャンブルをするだけのモノになっていました。
電気代に残しておいたお金に手をつけてしまうなど毎月の恒例行事。クレジットカードの引き落とし前に資金に手をつけてしまった事も何度かありました。
貯金が底をついた3年前からはそういう生活を毎月続けるようになりました。
こんな無茶苦茶な生活をしてきましたが、現在に至るまでカードや家賃の支払いを滞納したことはありません。
キャッシングや消費者金融へも手を出していません。
実は正直に言うと、何度か支払いが足りなくなったことがありました。
でも借金や滞納をしなかったのは、はじめに1パチに連れて行ってくれた仲の良い友人が土壇場になるとお金を貸してくれていたからです。
私は独身社会人なので常に毎月の給料やボーナスが振り込まれる身です。
借りたお金は遅くとも次の給料日には返しましたが最低な事をしていました。
借りたのは年に何回かではありましたが、その友人は家族のような存在で「消費者金融に手を出す前に俺に相談しろ」というのが口癖でした。
彼は昔4号機時代にパチスロで数百万負けて足を洗っていたのですが、私に軽い気持ちでパチンコを教えてしまった事を負い目に感じていたのです。
ただ、こうして底をついた時当事者を甘やかすことは優しさではないんですよね。
ギャンブル依存症に関しては‥
ギャンブルで負けた金額を計算し向き合ってみた
随分と長い期間ギャンブルに依存していました。
しかし何年していたのか?
いくら負けたのか?
記憶があやふやではっきりと答えられません。
しかし、今回きっちりと現実と向き合う為にも表を作成し時系列に記憶の穴埋めをしてみました。
同時に毎年の源泉徴収を引っ張り出して手取り年収から生活で支出したであろう金額を差し引いてギャンブルに使ったお金を算出してみました。
手元に貯蓄がないのですから計算は簡単です。
計算結果
・ギャンブルをしていた期間 5年
・ギャンブルに費やしたお金 650万
(※内、スロットで3年550万)
正常な方が見ると驚くと思うのですが、正直私はもっと長い期間やっていてもっと多くのお金を使っているような感じさえしていました。
一番ひどい時でボーナス後1か月で50万負けた記憶も新しかったからです。(割と最近)
ちなみに
“これだけ負けてるなら高級車が買える”
とかそういう事はあえて言わないでおきます。
だってそういうこと言って良いのは金銭感覚が正常な人だけですから。
ただ“遊戯”と詐称されているスロットは依存症になるといとも簡単にこれだけの金額をたった1人で失ってしまう怖いものなのです。
ところで何故今スロットから足を洗おうと思ったのか?
その経緯はまた次回以降に書かせていただきます。
はじめてGAの門をたたく
こんなつもりではなかったのに。
世の中が、人生が歪んで見える。
一瞬の欲望に目が眩み大切なものが目に入らない。
気付けば、私には自尊心もプライドも無くなっていた。
パチスロにハマり、生きる為に最低限なお金すらゴミのように失い続けた5年間の末、やっと勇気を振り絞ってここに来た。
GA ギャンブラーズアノニマス
“強迫的ギャンブラーによる自助グループ”
初めて門を叩いた日の感想です。
はじめに
ネットでギャンブル依存者の記事や情報を読み漁ることが多かった為“GA”の存在はギャンブルを初めて間もない頃から知っていた。
ますます依存症は加速し、生活に支障が出ても止まる気配のない病状の中、行ってみたい気持ちはあったけど未知すぎて勇気が出ない。
「知り合いやお客さんがいたらどうしよう」
「女性は少ないだろうし、ジロジロ見られたくない」
「溶け込めなかったらどうしよう」
不安が多い。
何駅も電車を乗り継ぐのも面倒臭いし…
こんなもの通わなくても自分の意志で辞めて解決すれば良いんだと全く行動に移せなかった。
でも上手くいかない。
ギャンブル依存から脱却する為には気持ちを分かち合える当事者同士で話し合ったり支えあう事が理にかなっていると思うし、例え今後通い続けることが出来なかったとしても、兎に角一度は行ってみるべきだと思った。
GAに行こうか迷っている人がいたら迷わず行くことをお勧めします。
コツは“行ってみたい”と思ったら、GA会場に向かうこと。
気持ちが整わなくても“会場に向かって足を進める”
要は頭や気持ちがついていかなくても思ったらすぐ行動に結びつけることが大切。
私はこんな簡単なことが出来ずに何年もチャンスを逃してきた。
初めてGA会場へ
仕事帰り。
日中チェックしていた開催会場に向かった。
昼休みになんとなくスケジュールを見ていたらそう遠くもなく近くもない場所で開催される予定だったので半ば勢いで行ってみた。
ビルの一室、扉の前に“GA”と書いてある。
「本当に開催されていて良かった」
ネットの情報を頼りに来たけどリアルに存在していると思うとホッとしたのも束の間、緊張してドキドキが止まらない。
一度前を通りすぎてみようと思い歩いていくと、会議室の中は予想以上に狭く、4人の中年男性が席に座っていた。
通り過ぎるのを止め視線を送ると、まとめ役のような男性が
「あ、初めての方ですか?」
と声をかけてくれた。
GAには
クローズやオープン、ビジネスなどといった形式があるらしいけど今回訪れたのはオープン。ギャンブラー本人でも家族でも医療関係者でも…誰でも参加できる。
出来れば当事者同士しか参加できないクローズが良かったのだけど行きたいと思った日の会場はたまたオープンだった。(だがその日はたまたま本人ばかりでした)
「…本人ですか?」
と問われ、頷く。
都会なのでもっと人数が多いと思っていたけどかなりの少人数。
しかもその中の1人は私と同じく初参加でホッとした。
開始してからぽつぽつと4人遅れて入ってきた為最終的には8名。
私以外は中年の男性。
どこにでもいそうな中年男性…と言えばそうなのだけど、正直に言うと半分以上の人は普通に見えるけど普通では無い何かを感じた。上手く説明できないけど、それは常にソワソワした立ち振る舞いや表情から滲み出ている気がする。
もしかして私もそうなんだろうかしら…
ポカンとして余り覚えてないけど、初参加の私に司会者のような人がGAで使用する冊子と大まかなルールと流れを説明してくれた。
ミーティングが始まる
いただいた冊子をメンバーが順番に音読する。
初参加の私たちは免除。
冊子の内容は載せないが、既にコントロール不能に陥り死にたいとすら思ったことのある私にはすんなり心に入ってくる内容だった。実によく出来ている。ベストセラーにしても良いんじゃないかってくらい。
でもきっと他人に無理やり連れて来られたり、自分は依存症じゃないと思っている人には何の意味もない内容だと思う。
メンバー1人ずつの話へ
一通り冊子の読み合わせが終わると、あるテーマを掲げメンバーが順番に体験談を吐き出す。
その日のテーマは一応あったが、とらわれずに何でも話して良いよという形で進められた。
各々が話した内容は、ギャンブルによっていかに困難な生き方をしてきたかというもので、普段他人に言えないような愚かな行為を隠すことなく積極的に語っていたことが印象的だった。
驚いたことに皆同じような体験をしているのだ。
「借金を何回もしては家族にばれ、尻ぬぐいをしてもらった」
「会社の金を何度も横領した」
「配偶者に縁を切られて離婚した」
話を聞いている周りの者は皆頷いている。
私もうんうんと頷いた。
借金や横領こそはしていないけど、負けている最中にお金が口座に無くなった時に湧き上がるこの世のものとは思えない負の感情を知っている。独身で職があったからこそ踏ん張れただけで、きっとお小遣いの少ない既婚者の立場だったら今頃数百万の借金や横領など簡単に手を出していたに違いないのだから…。
話している皆を見ていて思った。
誰もが自分の話をすることでストレスを吐き出し、気持ちよくなっている。
更に周りの人の話を聞くたびに「こんなことになっていたのは自分1人じゃなく皆同じだったんだ…」とホッとし、皆の話が終わる頃には温かい雰囲気になっていた。
私はというと…
緊張で上手く話せなかった。正直に一通り歩んできた依存生活を話したけど自分
の話には深みが無かったし、見栄は張っていないけど丸裸の話はできなかった。
少し悔いが残った。
ミーティングは終盤へ
あっという間に1時間15分が経過。
最後に今回初参加の私たちにキーチェーンが送られた。
GA通いを続けていくと節目節目で色んな色のキーチェーンがいただけるとか。
そして回ってきた献金袋を一周させ任意で献金して終わり。
金銭事情が苦しい人が多いだろうし無理はしなくて良いとのことで、1円も持っていなくてもGAに参加できるのでご安心を。
最後に感想
やっとGAに参加できた。
今回改めて思ったこと、それは他人に共感して受け入れて貰うことはこの上ない喜びだということ。
GAの場でその共感が無理なく行われるのは、皆が同じ病気に支配されて苦しい人生を送ってきたからだ。
病院で治療する選択もあると思うが、あくまで“先生と患者”の関係で対等な関係ではない。当事者同士で分かち合い病気に立ち向かうことはとても理にかなったものだ。
しかし…今回私は残念に思えたこともあった。
自分の性格のせいなのかもしれないが、自分は部外者な気がした。
「次も参加して…いいんですよね?」と心の中で不安に思った。
もっと強烈な歓迎を受けることを期待していたのかもしれない。
会自体はとても良かったので継続して通いたい気持ちもあるのだけど、2回目もこんな感じだったらと思うと消極的になる。
もしかして私が女で比較的若かったから周りもとっつきにくかったのかもしれないけど…
今回いただいた冊子は毎日家で音読しようと思う。
ゆっくり焦らずコツコツと。
ギャンブルを辞めたいという願いが回復へと繋がりますように。